B ピラミッド建設の目的は何か・各説
それでは、こうした巨大な労働力と年月をかけて、建設に邁進したピラミッドの目的は、何でしょうか。考古学者も含めてピラミッドを、どういうものだと見ているのか、次に、一般的に挙げられる説と、疑問を見てゆきます。
@ 王墓説・・・・一番順当な説です。王墓に必要な、玄室と石棺の存在があります。そして第5王朝あたりからは、ピラミッド内部に葬祭用の、ヒエログリフ壁画(ピラミッドテキスト)が書かれていて、ミイラや遺体の内臓を入れた(と見られる)、カノポス箱が見つかっています。ただし問題は、最初期の第4王朝のピラミッドです。それらのピラミッドには、王を埋葬したような形跡がなく、王墓にしては全く装飾や文字もないのです。まして大ピラミッドのように、玄室が空中に存在するなど、王墓として常識的ではない、理解しにくいものもあります。さらに、存在するピラミッドのほとんどで、王のミイラや副葬品が発見されていません。盗掘により根こそぎ持ち去られた、あるいは盗掘を恐れて後の時代に、中身を全て取り出して埋葬し直した、とも言われます。それにしては些少な残骸、も見当たらないのは疑問です。それもあって、今では王墓説に疑問符がついています。
A 大ピラミッドは日時計であるという説・・・太陽の作る影で時刻を知ろうとした、という説です。ですが、そのために140Mも石を積み重ねなくとも、2−3Mのオベリスクを建てれば、それで充分正確に測られたのではないでしょうか。また、若干後世にはなりますが、L字型の日時計は発見されていまして、手で持って太陽の方向へかざすと、その影で時刻が分かるという「優れもの」です。また、巨大な日時計を、いくつも造り続けるほど、時間に囚われていたとは思えません。
B 天文台説・・・・大ピラミッドの中の大回廊は、塞がれる前に、その先に前3400年の北極星であった、龍座のアルファ星が観測されたので、このピラミッドは天文台だ、という説があります。ただ、建設完了すると塞がれてしまう、という場所での天文台説は、どんな意味があるのでしょうか。また建てられたピラミッド全部が、天文台を目的とするならば、そんなに天文台が必要とは考えられません。確かに1年を365日と見つけて、太陽暦を定めた先進性はありますが、そんな巨大な天文台がなくとも、エジプトの夜空は常に満天の星が、溢れているところなので、石を2−3個積めば星の測量には、充分なものになったでしょう。
C テトラポット説・・・西のリビア砂漠からの、砂嵐や砂漠化を、押し留めるための施設、という説です。が、どんなに巨大なものを建てても、スフインクスが砂に埋もれていたように、全く効果がないのは明らかです。むしろ初代メネス王が、ナイル川の流れを砂漠へ迂回させて、緑地(耕地)を拡大したように、灌漑施設で緑地を増やすのが、砂漠化防止には多少効果的ではないでしょうか。
D 公共事業説・・・中央集権化の推進と、言語・度量衡の統一、ならびに増水期の失業対策を含めた公共事業説で、最近よく聞かれます。しかし、増水期(7−10月)はエジプトでは、最も暑い時期で、カイロでは毎日40度近くです。現代のエジプト人は真昼は休んでいます。アスワンなどは更に温度が高く、しかも古王国時代は決して水位が高くない小乾燥期で、今よりも高温のため、さらにしのぎにくかったのではないでしょうか。
こうした中で、増水期の3−4ヶ月に農民を集めて、1日あたり、760個の巨大な石材を切り出し、運搬する工事が、スムーズに進むとは考えられません。また公共事業ならば、より有益な事業、例えば宮殿・神殿・王都・倉庫・要塞・運河・ダム・大橋・巨大な集合墓地など、より社会に有益な施設を、何故建設しなかったのでしょうか。目的もはっきりしない、賽の河原の石積みのような作業を、失対事業として強行するのは、いくら時代が違っても、民衆の反抗を招くだけではないでしょうか。
E 太陽神殿説・イシスの秘儀神殿説・・・太陽神ラーの転生と復活を成し遂げる家、あるいはイシスがその中で秘密の儀式を執り行う部屋、王になる候補者がオシリスの死と復活を体験する部屋、などの説があります。では、大ピラミッドにはそういう役割があっても、他のピラミッドは何なのでしょうか。何故各王が1個づつ、造らなければならなかったのでしょうか。大ピラミッドは確かに、複雑かつ特異な構造で、そうした推論もうなづけます。しかし他のピラミッドは比較的単純で、そうした連想には、無理があるのではないでしょうか。さらに、神殿とすれば、常に出入りできる構造が必要ですが、実際は外装石で、入口は閉ざされていました。その入口を見つけるために、盗掘者は複雑な侵入路を、掘り進んでいます。
F 予言の書説・・・1ピラミッドインチを1年として、ピラミッドの入口から計算し、通路の分岐点や各メモリごとに、歴史的予言が記されてあり、歴史年表と対比できるという説です。ですが、歴史的事件というのは常に起きていて、いかようにも後世からだと、こじつけられるのではないでしょうか。そして大ピラミッド内部だけは、そうした説が言い得ても、他の全てのピラミッドにも、予言が書かれているとは思えません。しかもこうした説では、たいがいイエス・キリストの受難と復活や、キリスト教の歴史が主体となり、東洋の歴史はもちろん、地元エジプトの古代史の重大事件などすら、あまり対象にはならないようです。なんだか植民地的な発想のような説です。
G 宇宙からの視認目標説・・・オカルトの世界に、一歩踏み込んだようですが、こういう説は、「証明」できるのでしょうか。何か根拠になるものが、あったのでしょうか。フォン・デニケンやチャールズ・フォート、ゼカリア・シッチンなどといった人たちによって、「宇宙考古学?」関連の本がベストセラーになり、その中でこうした説が喧伝されたようです。どうにかすると「宇宙の神」に繋がる、新しい宗教のような感じです。考えてみれば、着陸する宇宙船の目標として、巨大ピラミッドほどのものを創らなくとも、今の航空機では、目標装置なしで、滑走路さえあればすぐ着陸できます。何十光年先の宇宙からやってきた、とてつもない高性能な船が、ピラミッドの誘導がないと着陸できない、なんてことはないでしょう。
H 発電装置・ピラミッドパワーの発信装置説・・・大ピラミッドから特別のパワーが発信されている、あるいは大ピラミッドは発電装置だ、といった説ですが、そうした説が主張する「メカニズム」は、専門の物理学者ではないので、論評できません。ただ、仮に大ピラミッドの構造が、発電施設だとして、その電力は何に使われたのでしょうか。そのひとつの答えとして、デンデラのハトホル神殿の壁画に、照明用の電球とおぼしき物体が、描かれているということです。しかしこの神殿は、前3世紀のプトレマイオス朝時代に建てられたもので、ピラミッドとは2千年を隔てています。話が繋がるとは思えません。さらに、ピラミッド時代(古王国)に、電力を利用した様子を描いた、壁画や装飾、などは見られないようです。古代の電線やケーブルの切れ端などが見つかれば、可能性はあるのでしょうが。
I アトランティス文明の遺跡説・・・これも証明するものがありません。アトランティス自体も存在が証明されていません。少なくとも、プラトンの著作以外で、そうした帝国があったという文書が存在するか、または考古学上で、前1万年頃と推定される、強大な帝国の存在を訴える遺跡か、遺物の発掘が必要です。この説の出発点は、前700年頃の、エジプトの神官からの言い伝えだとしていますが、それならば、前3000年〜前500年の間に書かれた、エジプトのヒエログリフ文書に、一行でも、有史前の巨大帝国を連想させる文書があったでしょうか。どうも見当たらないようです。また、アトランティスが滅亡したのが、前1万年頃とすると、ピラミッドの建設は(早くとも)前4200年頃〜前2500年で、その間、アトランティスの英知を持った人々は、5−6000年間も、どこでなにをしていたのでしょうか。
J 蜃気楼説・・・天上の世界のようなものが、砂漠の彼方に蜃気楼として見られたので、そこに少しでも近づくために建てたのだ、という説です。ピラミッドは、展望台のような役割のようです。それならば、ピラミッドの途中や頂上に、テラスがあったりした方が、もっと良かったのですが。そしてついでに外階段を付けて置いてくれれば、登りやすく、その地上100mあたりのテラスで、お茶でも飲めれば、最高の休日が過ごせるのではないでしょうか。蜃気楼は見えなくとも、砂漠に沈むサンセットビューは凄いでしょう。
K 太陽系の惑星を置き換えた説・・・各ピラミッドと各惑星の、直径対比や質量対比で、地球が大ピラミッド、金星がカフラーのピラミッドなどと、置き換えができるという説です。それによると、地球=大ピラミッド、金星=ギザの第2ピラミッド、火星=第3ピラミッド、木星=スネフェルの赤ピラミッド、土星=屈折ピラミッド、月=偽ピラミッド、水星=階段ピラミッドなどと、数値上整合するということです。またこれを建設したのは、アラブの伝承などから、(ヘルメス)トートだとしています。
太陽系の惑星を、地上に移し変えて、各ピラミッドとして建設されたことが、数値上きちんと対比され説明されるということです。説得力のある説で、充分検証されるとよいと思われます。ただ、欲を言えば、ナイル川に平行して並ぶ、このピラミッドの順序が、太陽系の惑星順序と、同じ並びで建造されていたり、太陽に比定できる場所に、太陽比並みの巨大モニュメントか、建造物があったら良かった、と思います。(倉橋日出夫「ピラミッド秘密の地下室」)
L それでは、大ピラミッドについて、その目的が多少推測できるような、なにか資料はないのでしょうか。エジプトの伝説によれば、あるときクフ王は息子たちを集めて、「誰か、不思議な魔術の話を知っているものはいないか」と聞きました。そこで王子カフラが、「神官長の妻の浮気と、蝋で作った鰐が、妻の相手の男を、飲み込んでしまった話」をしました。次に王子バユフラが立って、「スネフェル王が、後宮の美女たちと舟遊びをしていたときに、その一人が指輪を池に落としたので、王が神官長を呼び、やってきた神官長が池の水を2つに折り重ねて、底から指輪をひらって、王に渡した話」をしました。そして最後に王子ホルデデフが次のような話をしました。
M 「王の治めておられるこの国に、切り落とした人間の首を繋いで、生き返らせることも出来るという、高名な110歳の魔術師が、今住んでいます。」すると、クフ王はその魔術師デジに、興味を持ちました。早速、王宮に呼び寄せて、「秘密の倉庫にある、トートの書物」を探し出して、それをピラミッドの中に保存したいので、協力するよう伝えさせました。すると、デジは「それはOnuの神殿の中の、記録の部屋の、砂岩の切石の中にある。」と答えたということです。
N これをA.H.ガードナーの訳する「ウエストカー・パピルス」により詳述すると、「クフ王陛下が(魔術師ジェデイに)申されました。『聞くところによると、そなたはトトの(古代の)聖所(墓?)の、秘密の(奥まった)部屋の数を、知っているということだが?』ジェデイが答えました。『申し訳ありませんが、その数は存じません。しかしながら陛下、それ(に関する情報)がある場所なら知っています。』陛下は申されました。『それはどこだ?』ジェデイは答えました。『ヘリオポリス(カイロ郊外)の修正≠ニ呼ばれる部屋に、火打石の櫃がございます。そこにあるのです。』(櫃とは、大型の箱で、上に向かって蓋のあるもの)
O そしてこの櫃を、クフ王のもとに持ってくる者は、(次の王朝の祖である)ウセルカフである、という予言でこの物語は終わっています。ただし、クフ王は前2589−2566年に在位して、ウセルカフは前2498年より統治を始めたので、両者は同時代には生きてはいないと思われます。
クフ王は、このトートの秘密の部屋、もしくは秘密の書物に執着で、それを自分のピラミッドに取り込みたいと、あれこれ画策したことが、伝わってくるのです。ピラミッドはそれを納めるために、建造されたのでしょうか。
こうして、ピラミッドには興味津々とした解きがたい問題が山積されています。そこで、これからこうした謎を、ご一緒にひとつひとつ解いて行きたいと思います。