■□ 慢性腰痛&しばしば背筋痛&トキドキ頚痛の女の履歴書 □■
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■自己紹介■
慢性疼痛を抱えながら、それなりに楽しく生活している48歳です。
痛みに関するブログ『痛みを手放そう』を書いています。
また、痛み患者の集う『筋痛症の掲示板』の管理人でもあります。
■発症■
腰の痛みは高校生のころよりありましたが、痛みが強くなり不安が増して医療機関にかかったのは、1990年(32歳)自宅近くの整形外科クリニックです。
■手術に至るまで■
症状は腰の痛み、脚の痛みと痺れ。首や背中にもときどき痛みあり。
腰痛症との診断で通院するも良くならず、MRI検査で腰椎の椎間板3ヶ所にヘルニアが5,6個見つかる。
そのクリニックは手術という治療法には否定的で、テーピング、鍼、マッサージなどを中心に治療を続けました。5、6年通うも良くなったり悪くなったりで、症状は少しずつ悪化。その間、知人の紹介で、整体や怪しい治療院にも・・・
1998年、他の整形外科に通い始める。MRI検査の結果手術をすすめられるも拒否。
牽引、電気治療、ホットパックなどの理学療法を中心の治療をするも変化なし。
そんなころ、頚を動かすと右手指先にまで電気が走るように痛み。MRI検査で頚椎にもヘルニアがあり、それが原因と言われる。腰椎のヘルニアのときよりも大きなショックを受ける。
単身赴任中の主人に泣いて電話したことを覚えています。
この時期はほんとうに心身ともにボロボロで、ほぼ毎日近くの接骨院(テーピングとマッサージ)と整形外科(点滴)に通っていました。
自宅での仕事(歯科技工)と最低限の家事以外は、いつも寝ているお母さん。座っているのも辛く、家族旅行も私だけいつも留守番。
2000年(42歳)の夏、手術だけはしないと思っていたのに主治医の「手術してヘルニアを取ったら楽になるよ!一ヵ月後に一件キャンセルがあったのだけど大野さんどうかな?」という言葉に耐えていたダムがいっきに崩れ、一晩で手術を決意。
簡単なラブ法?の予定でしたが、詳しい検査の結果、固定術をしなければ痛みはとれないといわれる。(理由はヘルニアが何箇所もあること。腰椎がぐらついている。)
通院中のクリニックでは無理なのでと、他の病院を紹介されて固定術。
今思えば大きな手術だったのですが、そのころは心身衰弱で判断能力がなく「何でも良いからとにかく早く切ってください」と懇願していました。
手術さえすれば痛みから解放される、と思っていたので、術後麻酔から目覚めたときはとても爽快感がありました。主治医からも「ヘルニアは全部取り、狭窄していた脊柱管も削って広げておきました。コブのようになっていた神経もきれいに掃除?しておきましたからね」と言われる。術後、痛みのレベルが10から5くらいに・・・
■心身一如を知る■
痛みのレベルは下がったもののいつまでたってもそれ以上よくならず「自分でなんとかしなければ!」とネット検索で、『腰痛は怒りである』という本に出会い、自分の痛みが《こころの問題》と大きくかかわっていると確信する。
心理学的な本を読み漁り、アファーメイション、トリプルカラム法、呼吸法などいろいろな認知療法を試し、一時とても楽になる。
■途方に暮れる■
2004年(44歳)〜2006年(46歳)、私にとってとてもストレスフルの時代でした。
仕事の相棒だった父の死、認知症の母の介護&死、長期にわたる主人の単身赴任・・・
ストレスに伴い痛みも再び強くなり、痛みによる不眠、めまい、食欲低下による体重減少。
加茂整形にて、あちこちに圧痛点注射をしたり、いろいろな薬も試してみたのですが追いつかないという感じです。
2006年6月25日のブログにはこのように書いています。
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― 途方に暮れる ―
方法や手段が尽きて、どうしてよいかわからなくなる。「道に迷って―・れる」
ふと頭に浮かんだ言葉・・・
手段が尽きたわけではないけど、知識 と 行動 と 実際に存在する痛み そのギャップを冷静にみつめていたら 『途方に暮れた』
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■筋肉痛い病■
ストレスや不安はもちろん、痛みとの相互関係はあると思います。
ただ、波はあるものの30年近く常に痛みを抱えていると【痛いという病気】になるのだと思います。
【痛いという病気】とは
痛みの発信元である脳と、痛みの現場である筋肉に可塑的な不具合が生じてしまい、原因とは言えないほどの原因(ストレスや不安、ちょっとした体への負担)がキッカケになって痛みが生じる病気。
■痛い病になってしまったら■
外から(家族とか治療者)から「慢性疼痛は難治なのだから受け入れなさい」といわれることはとても辛いことであり、受け入れがたいものです。
自分で理解し、自分で受け入れ、自分で手放すしかありません。
「受け入れる」と「あきらめる」はまったく違うものですが、これを掲示板などの文字だけの世界で表現することは難しいですね。
痛みに対する治療を続けいている限り、痛みに対するこだわりを捨てることは難しいが、執着はしても手放す。
■現在の状態■
ここ数年は落ち着いた状態です。
それでも、危険な病気ではないとわかっていても慢性的な痛みは心の壊す凶器にもなります。知識はあっても、それなりに元気なことに甘えて、筋肉に対する自分なりのケアや治療も怠ってきたのですが、昨年末に調子が急降下したことをキッカケに加茂先生に集中的に治療していただき、改善のレベルがワンランクアップしたようです。
私のことですから、まだどうなるかわかりませんが・・・
■これからのこと■
私は痛みというキーワードでたくさんの方と出会いまいた。
気がつけばもう5年も掲示板を運営していますし、何度もオフ会を企画しているのですが、そんな自分に戸惑うこともあります。
ある方が、私の痛みについてこのように述べています。
「ケイしゃんの痛みは、行動を起こすためのエネルギーだね」と。
痛みが生きるエネルギー・・・まあそれも人生かな(^_^;)と思っています。
■最後に・・・■
これまでの痛みの歴史の中で、一番インパクトが強かったのは、やはり画像です。
患者にとって、目に見える自分の身体の画像を指されての説明はとても説得力があり、そのときの印象は消えないものです。口では手術はしたくないと言っていても心のどこかで「あ〜、あのヘルニアを切り取らない限り痛みは消えないのだな」思っていました。
そして治療者の言葉は毒にも薬にもなるということ。
慢性痛の患者は心を病んでいる方も多いので大変だと思いますが、決め付ける言葉ではなく、患者が自分で気づくことができるように、根気よく寄り添っていただければと願っています。
■余談ですが・・・■
私のこの小指、どうにかなりませんでしょうか?
指きりげんまんができなくて困っています(^_^;)