その3


終着駅

内灘駅

昭和46年

回路分岐点の看板の右に見える枕木製ホームは海岸行用のホームです
ここから左急カーブで砂丘地を登り海岸駅まで続いていました。

終点内灘駅のどん詰まりにト401が放置されています。
その向こうの砂丘地には、現在住宅が建ち並び全く面影がありません。
左の草地には今、検車庫が建っています。


休車群

元温泉電軌車両が一斉に休車となりました。
内灘駅は廃車置場のようです
そして一部復活した車両もいました。

昭和49年2月17日

上の写真と同じ場所です。住宅も建ちました。相変わらずト401がいます。














こんな切符が(昭和55年)


粟ヶ崎駅

線路と川と道路に挟まれた場所に窮屈そうに建っています。

昭和56年7月

廃駅のような雰囲気ですが現役です。
橋を渡りきったところにある四角い建物があるところに、その昔終着駅だった新須崎駅がありました。

手押しポンプがあります、駅員がいた当時は使われていたのでしょう
押しても引いても水は出そうにもありませんでした。


北鉄金沢駅

モハ3101+サハ1651

どちらも元国鉄です、国鉄出身の車両はやっぱり貫禄がありますね
(昭和37年6月)



たくさん種々雑多な車両がいます

          左から サハ1652    モハ3501?  サハ1652+モハ852

サハ1650はすぐにクハに改造されました。

木造のモハ852

この頃は電装を撤去し付随車となっていました
向こうの建物は今はなき国鉄金沢鉄道病院です。
何回かお世話になりました。
病院の2階の待合室から北鉄金沢駅が見下ろせました。
そのため待ち時間は苦にはなりませんでした。


北安江踏切を行く内灘行 モハ3101
2年ほど前にこの場所は立体交差になりました。
昭和37年


浅野川線一番名所 粟ヶ崎鉄橋

浅電ではここだけが撮影ポイントかも知れません
温泉電軌出身のクハの最後の踏ん張りです。
昔はこの下には貸ボート屋さんがありよく遊びました。


浅野川線3