Web「懐想石川の鉄道」別館

ラーメン屋さん居酒屋さん食堂さん


若かりし頃からよくお世話になったお店で
今は無き懐かしいお店を思い出すままに綴ってみました
これからも思い出すまま綴っていこうと思います



 金澤市



 居酒屋 吾亦紅 (香林坊日銀裏)

 現職時代一番お世話になったお店。以前は養老の滝として営業していました。
 
 ある年には手帳を見るとなんと年間28回も行っているではありませんか。
 
 職場から徒歩5分位で5時近くになると今日行こうかといった感じでした。

 我が家のような感じでしたが、一回もひとりで行った記憶がありません、必ず誰かと一緒でした。

 団体でもよく使わせていただきました、無理もよく聞いていただきました。

 マスターは元自動車ディラーの営業マンでお酒は親戚の蔵元の萬歳楽でした。

 奥さんは美人で、絵はプロ級でメニューの挿絵なんかはすべて奥さんが描いていました。

 平成28年だったか29年だったか、数十年の歴史を閉じました。
 
 本当に残念でした。




 居酒屋 白山茶屋  (金沢都ホテル味食街一階)

 金沢駅を利用するサラリーマンや近辺の常連さんに現在も盛況の黒百合とともに人気を二分したお店。


 都ホテルの営業終了取り壊しにより惜しまれながら閉店、現在は近くで店名を変え営業しています。

 お酒は白山市鶴来の銘酒「菊姫」のみでした。

 常連さんは「金ちゃん2合」とか言ってお酒を注文していました。

 この金ちゃんとは、以前の2級酒のことでアルコール度数15度以上など
 一定の基準をクリアした2級酒のことで瓶に金印という証紙が貼られていたものです。

 私はここの白山鍋が大好きでした。500円で小さな一人用の鍋は具沢山でした。

 先代の金沢駅地下通路時代から親しんだお店でした。




 


 食堂 たきや(横安江町商店街・・・今ではおしゃれに表参道とも言います)

 金沢東別院の門前町として賑わった横安江町商店街の瓢箪町入口近くの角にあった(今でも建物は残っている)3階建ての大きな食堂。

 昭和40年代後半までは「料亭いしや」が営業していたが、彦三へ移転したのでその後は「たきや」になりました。

 気さくなご夫婦で営業されており、1階はテーブルと上がり框で2階や3階は多客時や宴会で使われていました。

 近くにあった電報局職員は春闘ストの時にで寝泊りもしていたとご主人が言っていました。

 東別院にお参りする善男善女が減ったこと、ドーナツ化現象で中心部の人口が減ったのも影響したのではないかと思います。

 近所に住まいしていた私にとっても幼馴染たちとよく団体で飲みに行きました。幼馴染の一人は今でも目と鼻の先で商売を続けています。

 今、横安江町商店街はアーケードも撤去され人通りも少なくなって寂しくなりました。


 
   ラーメン 翔龍 (鳴和)


 鳴和の8号線沿いにありました。

 金沢でのとんこつ醤油ラーメンの奔りのお店ではないでしょうか。

 金沢人にとっては初めての味で大人気店になりました。
 私も大好きでよく通いました。

 元の鳴和家という店名で2003年頃玉鉾の方へ移転し高級ラーメン店のようになり価格もアップしました。
 しかし、しばらくで閉店してしまいました。

 庶民はまだまだラーメンの高級・高額化について行けなかった時代だったのでしょうか。






   ラーメン 頂喜亭(鳴和)

 翔龍の向かい側にあった小ぢんまりとしたラーメン屋さんでした。

 近くの桜丘高校生に人気があり常連高校生たちの写真が壁いっぱいに貼ってありました。
 人の良さそうな若い店主の明るい挨拶が好きでした。

 修行のため一時閉店すると聞きましたがもう10数年が経ちました。

 その後どうされたのでしょうか。美味しかったのに。











  ラーメンの店 一喜 (尾山町)

 女性だけで切り盛りしていたカウンター、上がり框、お座敷という広い店内もお昼時には近くのビジネス街のサラリーマンが多く人気店でした。

 見た目は褐色で味噌かなと思うが醤油がベースになっていて、時々無性に食べたくなる味でした。

 メニューはチャーシューメン(大盛り、普通)とご飯のみで、味は薄めにもしてくれました。

 なんで閉店したんだろうか。







 らぁめん 広東麺屋 (片町)

  スクランブル交差点の新竪町寄りにあった8番ラーメンの系列店

  長いカウンターのみで職場が近かったせいでお昼にはよく利用しました。

  ちょっと高めの夜間料金がありました、店長は女性でした。

  




  ラーメン 太郎 (柿木畠)


 威勢がよく心優しいマスターで高校生客をよく可愛がっていました。

 コップ酒を飲んでいる常連さんもいました。

 七尾に移転しましたがその後お元気でしょうか。 






                               大衆割烹 寺喜屋 (犀川大橋詰)

 元々は魚屋さんで、安くて新鮮が売りの大繁盛店でした。

 そのうち規模をどんどん拡大し大衆割烹とは言えないような立派なお店になりました。

 その頃からか、段々と足が遠のいてしまいました。

 カウンターのお客さんの背中に触れながらごめんごめんと言いながら
 狭い通路を奥へ進んでいったのが懐かしいです。













 お食事処 酒館 銚子(旧浮世)(彦三商店街)

 親の代から浮世という店名で親しまれた居酒屋の老舗です

 いつの頃からか銚子町出身の店主に代わり店名も銚子になりました。

 1階は大きなコの字形のカウンターと上がり框があり、
 2階にはいくつかのお座敷がありました。
 浮世時代からいた仲居さんの「すみちゃん」が人気者でした。

 団体で利用した時には精算の時いつもお土産と言って1升瓶をくれました。
 持って帰るのが大変でしたが、嬉しかったです。

 このお店もついになくなってしまいました。






  居酒屋 がんば (柿木畠)


 一口に言ってすごく楽しい店。一番好きだったお店。

 店主は写真に写っているとおり面白く誰にも好かれるタイプ。
 写真では看板の後ろに本人がいるようですが、実はこれ看板の上に自分の写真を立てたものです。

 店主は元「尾花」(せせらぎ通りにあった人気店)でマスターの下で料理を作っていましたが、尾花の店主が若くして亡くなったのを機に、独立しました。

 がんちゃん今頃どうしているかなあ。





 ラーメン 百楽天 (松任金石線)


 能都町出身の店主でした。

 壁面には宇出津のあばれ祭などのポスターがいっぱい貼ってありました。

 人気店で美味しかったのに。






 食堂 石川県運転免許試験場


 数年に一度お世話になっていました。
 なんの変哲もない社員食堂風のなんの変哲もない普通のあっっさりラーメンでした。
 でもそこそこに美味しかったですよ。
 いつ行ってもあまり人が入っていなかったような感じでした、時間帯の関係だったかも。


 次回の更新時にはもうありません。




  中華の 珍香楼

 香林坊交差点からちょっと市役所寄りにあった中華料理店

 お昼は近くの県庁や市役所などのサラリーマンで賑わっていました

 県庁の移転や長い間切り盛りしていた親父さんが亡くなって閉店、移転しました。














  ラーメン まるきた家

 玉川町の市立図書館の前にあったお店でなかなか美味しくてお昼には時々利用していましたが
 長続きせず蕎麦屋さんになりました。

 今はそのその蕎麦屋さんもなくなってしまいました。













    おでんの 黒百合 別館

 黒百合は金沢駅の老舗おでん屋さんですが、新幹線の開通後観光客に占拠されたような状態になり常連さんが入れなくなりました。

 それを見て元マスターが同じ金沢駅の空き店舗で常連さん向けの2号店としてオープンしたものです。

 しばらくして元マスターが体調不良になるなどして閉店しました。残念です。












白山市


   居酒屋 北海

 松任中町商店街の居酒屋としてご夫婦で切り盛りしており人気店でしたが2019年2月に閉店しました。

 現在は店舗内を大幅に改装し串揚げ屋「いやさか」となっています。

 その串揚げ屋さんもコロナのせいか当分の間閉店しますとの貼り紙が。














  お食事処 よっちゃん

 近所にあった何でもありの普通の食堂でしたが、いつの間にか閉店してしまいました。

 何かと便利なお店だったんですが。








 輪島市



  ラーメン?? 熊谷屋

 知る人ぞ知る、輪島市鳳至の住吉神社前にあったお店。
 
 店の前を通ってもラーメンのお店だとは誰も気がつかないと思います。
 輪島勤務時代に地元の方から話を聞いて立ち寄りました。

 初めはあまりの不気味さに驚きました。
 営業時間は夕方から8時頃まで。

 裸電球の薄暗い土間の店内にテーブルが3つくらいと使われていないような畳の上がり。

 店内に入ってもだーれも出てきません。
 「ラーメン一つ」と注文しても何の返事もありません。
 そのへんは話に聞いていたので、しばし待ちます。

 15〜20分待つと店との境目の板戸がすーっと開いておばあちゃんがラーメン丼を持って現れます。
 もちろん無言です。

 お味の方は良くもなく悪くもない感じです。

 代金を払う時も板戸を音もなく開けて無言で受け取り板戸の向こうに消えていきます。

 その後何回も入店しましたが、いつも同じ雰囲気です。
 地元の人の話では、以前はもっと手広く商売をしていたそうです。

 輪島を離れて数年後、お店を閉じられたそうです。
 それにしてもなんとも変わった不気味な感じがするお店でした。
 今はどうなっているのだろうか。

高岡市 (富山県)


  おでん 福ちゃん

 高岡市の高ノ宮商店街の関野神社寄りの角地にあった人気店です。

 若かりし頃、高岡勤務の時に随分お世話になりました。
 御夫婦でやっておられましたが、後年奥様に先立たれた後はお一人で元気でお店を守っていました。

 高岡を離れてからも高岡への出張時にはよく立ち寄りました。

 2000年になるとき21世紀までなんとか生きられそうだと言っていましたが、
 ご本人は2000年から21世紀だと思っていたらしく、21世紀を迎えることはできませんでした。

 葬儀の連絡をもらった時はびっくりしました。参列し最後のお別れをしてきました。
 写真は閉店後に撮影したものです。

 
 


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