オシリスとソカルの館の謎
     


  @  「この国に・・オシリスが埋葬されたソカルの館(メンフイスのネクロポリス)あり、・・オシリスは神秘の門をくぐり、永遠の王達の栄光に包まれた。かくしてオシリスは王の砦の大地にやってきた。到達したこの国の北方に、王の砦は築かれていた。」(
ピラミッドテキスト17−22
    「メンフイス周辺は、この国にオシリスが埋葬されたソカルの館あり、と表現されている。」(
シャバカ・テキスト)
  
  A  「ギザ台地で、最古の墳墓と見られるのは、1904年にイタリア人のバルサンテイが、発見している。少し高さのある、第2王朝のマスタバ墳で、クフ王のピラミッドから、5KMほど離れている。大ピラミッド群が建設される以前に、この地は既に神聖な場所とみなされ、一帯はヘレト・ネテル・アケト・クフ(クフの地平線のネクロポリス)と呼ばれていた。ここはロスタウ<=ロセタウ、入口>という名でも知られ、オシリスが「死者の神」であり、「ロスタウの神」でもあるという伝説に基づいている。つまりオシリスは、ギザ台地の地下にあるとされる、洞窟と通路の支配者なのだ。」(
ジョルジョ・アニョウーゼ、モウリチオ・アレ「古代文明の旅エジプト」)
   
  B  「ピラミッド時代、メンフイスのネクロポリスにあるピラミッド地帯は、メンフイスのソカル神(オシリス)のドウアト<冥界>と呼ばれていた。」(
ウオーレス・バッジ
   「王よ、汝はこの偉大なる星オリオンの伴星となって、オリオンとともに空を渡り、オシリスとともにドウアトを航行する。・・」(
ピラミッドテキスト882−3
 
  C  「『セケム(貧しいさびれた場所)にある夜の物』という言葉がある。人間オシリスの遺体が納められて、埋葬された棺のことである。オシリスは何度もの苦難を乗り越えて復活し、最後には神の国に上ることとなった。それが祝われた夜=『それが、夜の物、の意味』、西のマヌの山に沈んだはずのラーが、もう一度山の端の上に顔を出し、霊界に夕暮れの紅色の美しい光を放った。これが霊界中を驚かせた。その光の中で、オシリスは天に昇った。そのときセケルにあった人間オシリスの棺にも、ラーの光は届き、セケルは光輝く場所となり、棺は金色に輝き、「最も大事なもの」となった。」(
ウオーレス・バッジ「古代エジプトの魔術」)
  
  D  「アケト・クフ」という言葉を読むと、「クフの地平線」ですが、地平線(アケト)という言葉は「2つのピラミッドの間に沈む夕陽、あるいは昇る太陽」のヒエログリフで表されます。この言葉は、アケト・イテンにも登場し、これは「アテンの地平線」と読まれますが、それはアマルナ(18王朝10代アクエンアテン王が建てた王都)を指しています。そうすると、この地平線という言葉には、地平の果ての方向といった意味よりも、「なにかの場所」自体を意味しているようで、また、「王の墓・都」という意味もあるようです。
  
  E  一方、クフという言葉の意味を解析するのは、甚だ難しいのですが、どうも「捕らえる、守る、出現、王冠、彼の領域、前にいるもの、解放する」といった要素を含んでいるようです。ここから成文するとすれば、「彼の領域を守護する」「解放者の出現」「前にいたものの王冠」といった意味合いになります。これとアケトをくっつけると、「王墓であるの領域を守護する」「王冠をかぶりし解放者の王墓の都」といった意味合いに、なるのではないでしょうか。そしてここで言う「
」とは、オシリスそのものを指しているのではないか、と考えられます。そしてこの言葉が、クフのピラミッド建設以前から、このギザ台地に与えられてきたということは、「3大ピラミッドが構成するのは、オシリスの冥界の都の表現」であり、そしてそこが、「ソカルの館」と呼ばれてきたところではないでしょうか。
   
  F  そして、このギザの台地のモニュメントを、オシリスから奪って、自己の顕示欲を満たそうとした「ケオプス王」は、その際に、この地の名称を自らの名前に取り込んで、「クフ王」を宣言したのではないでしょうか。そうして始めて、オシリス信仰を消滅に追い込み、自らを主人公とする「太陽神」信仰を国民にアピールできると、考えたのではないでしょうか。


  


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