さらに、科学力を最高度に発達させる中で、彼らは相互意思疎通に使用する携帯電話を脳内へ組み込んで、テレパシー通信をすることが可能となった。また、彼らは宇宙船を開発し、恒星間を旅することのできる巨大なスケールのものと、小回りの聞く小型サイズのものを創り上げた。こうして「エル」はいくつもの船団を組織して、この銀河の様々な方面へと発進させることができるようになった。この宇宙船の発進は、宇宙に対する「エル」の旺盛な好奇心によるものでもあるのだが、実は彼らの社会にとって永遠の課題である、ある大問題の解決を求めるという、秘められた使命も付託されていたのである。
「エル」の惑星を離れて、銀河の全方面へ放たれた数百の宇宙船団の中の1船団が、数百年の暗黒宇宙を旅して、やがて太陽系に近づき、遂に太陽系第3惑星に到達した。「エル」たちは、その美しい白い惑星を見て狂喜した。これこそ「エル」の故
郷の惑星をも凌駕する至高の星であった。そしてその惑星の表にはなんと多様な、動植物が群れ集っていたことだろう。
その惑星は全身に白い衣をまとっていた。それは成層圏遥か上空に浮かぶ氷の粒子が、その惑星を覆っていたのである。そのため惑星表面には、強烈な太陽光線の紫外線は届かず、温室のように暖かな大気がみなぎっていた。海は惑星のおよそ1/3を占め、様々な魚類が生息していた。まさに生命の見本市だった。陸上には「エル」も見たことのない、哺乳類という動物類
が、様々な姿をとって生息していた。中でも彼らが驚いたのは、「エル」とよく似た2本足で歩く知的動物がいたことだ。全身毛むくじゃらではあるが、手を使って道具をつくり、獲物をとってそれを火で焼いて食していた。その連中は近親者で家族といった単位を構成し、さらにその家族が集まって集団を作って行動していた。
「エル」たちの世界では、卵から生まれた子供は集団で保育されるので、家族といった単位は存在しない。大人の「エル」はすべて自立しているのである。生殖のために雄と雌が出遭うことはあるが、科学力が発達すればするほどに、生殖に向かう興味は薄れている。子孫がなくとも、彼らが数千年の長命を得ている以上、なにも困ることはない。しかも、受精や卵からの誕生などは、ほとんど専門施設で計画的に創られている。
それがこの知的哺乳類たちは、なんと生殖に精を出し、子を身ごもって10ヵ月かけて出産し、それを抱いて授乳させて育てていく。その母子を雄が守り、食糧を運んでいる。実に原始的だが、面白い本能であるので、「エル」たちはこの知的動物を、「類人猿」と呼んで、観察をすることにした。
「エル」たちはその惑星を調査し、発掘する中で、どうして自分たちと同じ爬虫類の種族がその惑星で繁栄しなかったのか、その真実を知ることになった。確かに「エル」と同じ爬虫類の仲間はこの惑星でも存在していたのである。しかも彼らよりも遥かに巨大な姿で、それらは存在していたのだ。発掘した土壌の中から、恐竜の王者ティラノサウルスや全長25mの草食恐竜ブラキオサウルス、巨大な三角の皮骨板を鳴らすステゴサウルス、全身を鎧で覆った動く戦車アンキロサウリアなど、ありとあらゆる恐竜類が見つかった。それらが巨大になったのは、彼らの惑星と違って、この白い惑星には巨大な衛星としての月があって、その重力の作用によって、生物が巨大化する条件があったのである。しかし彼らが到着する数千万年前に、太陽系第5惑星の衝突・崩壊の衝撃で発生した巨大な破片小惑星の襲来で、この惑星=すなわち地球に、とてつもないカタストロフイーが巻き上がり、恐竜たちは絶滅させられたのである。その歴史を調べる中で「エル」たちの中には、この恐竜絶滅の背後に、この惑星を見守る超知性体の存在と意思を見た、と主張するものもいた。
「エル」の太陽系進駐船団は、航行してきた巨大宇宙船を月面裏側の南極にあたるエイトケン盆地に置いた。そして小型宇宙船UFOを利用して地球と往来し、当時は温暖な緑のパラダイスだった南極大陸に、地球キャンプを設けた。そのキャンプに、地球の資源を採掘して工業製品化する工場を置き、「エル」たちの食糧である穀物の「マナ」を生産し、アジア・アフリカ大陸に散らばるさまざまな動植物を集めて、観察資料とした。そして動物のうちでも特に「類人猿」の生態を観察し、各種の実験を行う収容施設、通称「エデンの園」を設けた。このキャンプには「エル」たちも大勢で居住し、ここを拠点に彼らは地球各地へ、研究と観察・収集の旅を繰り返した。こうした彼らの熱心な研究の中心は、この船団の最重要目的でもあったが、「エル」の種族の卵生出生率の減衰をいかにくいとめるか、であった。もちろんクローンで子孫をつくることは容易だった。しかしクローンでは、2代は続かないという限界があった。
どうして「エル」の種族における卵生出産数が減退したのか。1千万に及ばない「エル」の人口のうち、毎年出生する新エルの数はおよそ1千ばかりだった。エルの平均寿命はおよそ7千年だが、いくら長命になったとはいえ、これでは4〜5世代先には、民族は滅亡してしまうことになる。そこで「エル」たちはこの出生率を高めるための薬品、あるいは物質を求めて、銀河の各地を探索しようとしていたのだった。
地球の時間で、今を去る数万年前の時代、「エル」の専門家たちは「エデンの園」で、「類人猿」を使った実験を繰り返していた。直立2足歩行だが、毛むくじゃらで、両手で石器を持って、危険な捕食動物に集団で立ち向かってゆく類人猿たち。この繁殖力の旺盛な哺乳類のDNAを解析し、そこに「エル」のDNAの欠陥を見つけ出そうとしていた。そうした研究の中からある日、妊娠していた類人猿の胎児を取り出して、幼体のまま成熟させれば、全く体毛のないやわらかな皮膚で覆われた身体と、平坦な顔と大きくて丸い頭骨を持つ、新しい種族が誕生することを発見した。それはエルたちの体型によく似ていた。だが、それを成長させることはとてつもなく困難だった。体毛がないために防寒ができないことや、小さなアゴのために柔らかな食糧しか受け付けない。その幼児を成長させるには、つきっきりで世話をする必要があった。さらに、その次世代を誕生させようとしても、この新種族は生殖を上手にはできない。そこで大量の幼体の採集を進め、それらを園内で育てたところ、雄も雌も順調に大きくなり、雄の中にはとても身長が大きいものもあり、雌の中には身体全体に丸みを帯びた美しいものも出てきた。そこで「エル」たちは、その幼体の雄の集団を、「アダム」と呼び、雌の集団を「イブ」と呼ぶことにした。
さて、地球にやってきた「エル」の船団は、団長と10数名の長老からなる最高評議会によって指導されていた。その最高評議会の下には、数百人に及ぶ専門の研究員や科学者たちで構成される評議会があり、さらにその下には、宇宙船の運航や科学機械の保守、さらに食料生産などを任務とするアンドロイド部隊がいた。アンドロイドは人型のロボットである。
最高評議会の副団長であるS氏は、団長のY氏が故郷のウル星へ報告のために往復する、不在の間の全権を任されたことから、月面本拠地を出て南極にある地球キャンプを訪れ、内部の科学実験などを視察した。そして、アダムとイブの大集団を見て、その保育に疑問を持った。既存の類人猿を文明化させるための訓練などなら問題は少ないにしても、類人猿から全く新しい種を人工的に作り出し、その集団を自然の中へ戻すとなれば、これは地球の自然体系を大きく覆すことになる干渉であって、故郷の惑星で船団の発進のときに堅く誓わされた「銀河法令」の第1条「他の惑星で、発展途上の知的生命体を発見した場合は、その成長過程に干渉してはいけない」を侵犯することになるのだ。
たまたま、「自然(エデンの)園」の園長であり、団長でもあるY氏は、報告のために故郷の星ウル星へ往復の旅に出て不在だが、その間の全権を任されていたのがS氏だったので、S氏は園の関係科学者に加えて、被験者のアダムとイブ全員を集めて、脳内に埋め込んでいた「善悪認知ストッパー」を外させた。そしてアダムたちと意思疎通が取れる状態に戻して、今までの成り行きとこれからの善後策を教えた。
ところがウル星からキャンプに戻ってきたY団長は、S氏の仕業を聞いて激怒した。自分の不在時に、自分が手塩にかけた実験体を、勝手に操作したことを許せなかった。この実験は、Y氏の個人的な趣味などではなく、まさしく「エル」の世界を救う可能性のある、究極の方策だったのである。そのことをウル星へ直接出向いて、説明に行ったのだが、最高指導者層の理解は、今回は残念ながら得られなかった。
しかし、S氏たちはY氏の方針を鋭く批判し、その批判に組する評議員は過半数を超えようとしていた。そこでY氏はやむなく実験を中止し、アダムたちやイブたちを、園の外へ、すなわち地球の自然世界へ放逐してしまったのである。この放逐自体が、自然世界への人工生物の投入という、やってはいけないことだった。S氏たちの非難の声もなんのその、Y氏はすべてを独断で、自らの職権を振り回して押し切ってしまったのだ。
やがて数百年の歳月が過ぎた。その間、最高評議会では2大勢力による拮抗が続いていたが、表立った破局までは進まなかった。そして、地上ではアダムとイブの子孫たちが繁殖を繰り返して、その人口は激増していった。猿人やチンパンジーなどとも違って、このアダムたちは幼体成熟でできた集団なので、好奇心が強く、遊び心が旺盛で、いろいろな変種をも生んで、増えて行った。とりわけその中の雌には、とてつもなく美しい品種が出現してきたのである。
こうした状況を、地球キャンプからつぶさに観察していたY氏は、我が意を得たり、とつぶやいた。彼の見通したとおり、このアダムたち「human ヒューマン種族」は、「エル」たちと外見上は共通するところが多く、しかも新しい生命体なので、これから先数百万年の種族寿命を持っているのだ。そこでこのヒューマンの雌の卵子に、エルの遺伝子を一部修正して投入する、それで新しいエルの種族を誕生させることができる。それで、エルの種族は滅亡より救われるのだ、とY氏は確信した。Y氏を支持する評議員たちがそれを聞いて、よろこび勇んで、自らの遺伝子を提供して、ヒューマンの雌たちの卵子に着床させていった。そして10ヶ月を過ぎた頃に、エルとヒューマンの血を引く新しい生命が次々と誕生して行った。
エルの遺伝子とヒューマンの血を引く新しい種族は、「ネピリム」と呼ばれた。成人したネピリムはどれも、身長3メートル以上の巨人ぞろいで、筋骨たくましく、頭脳もずば抜けて明晰な種族となっていった。戦闘能力はヒューマンに比べて格段に高く、一時に10人くらいを相手にしてもあっという間に殺戮してしまう。そのため瞬く間にネピリムたちは、数百に分かれていたヒューマンの群れの上にそれぞれ君臨し、王や神と僭称してヒューマンを使役して、凄惨な戦闘を繰り広げた。地球の全土に、こうした悲惨な戦争が広がっていったのである。ネピリムの中には、ヒューマンの戦闘員や住民たちが、意のままにならないときは、それらを神への捧げものとさせて、生きながら心臓を取り出したり、5体を切り刻んだり、またとてつもない悲惨な目にあわせたりした。また、他部族との戦闘では、ありとあらゆる武器を考案し、それを試して使用し、最後にはとうとう戦場にいる部族全員を一瞬にして消滅させる光の兵器まで、登場させた。
地上のあらゆるところに、ネピリムの支配する国家が出来上がり、それは飽くことなく隣の国家を攻撃し合ったため、全地球の表を、ヒューマンたちの悲鳴と悲しみの声が覆っていた。
この状況を見た「太陽系進駐船団の最高評議会」は、ネピリムたちに対し、評議会に従って秩序を回復し、ヒューマンたちを解放するように迫った。ところがネピリムたちは、自分たちの父が評議会を牛耳っていることに自信を深めて、勧告を無視するどころか、最高評議会の実権を獲得するために、光の兵器を使用して南極にある地球キャンプと月面を攻撃し始めた。
ことここに至って、最高評議会は分裂し、かろうじて多数を制した副団長S氏たちのグループは、団長のY氏たちの法令違反を暴き、ネピリムたちを創造した責任を追及して、Y氏グループを地球上に追放するとともに、地球上を支配する凶悪なネピリムたちの一掃を企てた。それは、地球を取り巻く氷の層を地上へ落として、巨大な洪水を起こすということだった。一部のヒューマンの部族には、高い山へ逃れることや、頑丈な船舶を作って避難することをひそかに知らせた。
大洪水はやってきた。地球を取り巻く膨大な氷の層が砕けて、地上に向かって大気圏を突入し、燃え上がって大豪雨となり、滝のように大地に降り注ぎ、瞬く間に海は数倍の高さに膨れ上がり、大津波となって地上の建物や街や、ネピリムたちやヒューマンたち、そして数知れぬ動植物を呑み込んでいった。地球の大陸の平野部には、水が千メートル近くまで膨れ上がって押し寄せた。その重さで、地球のマントルは突然移動を始め、地軸は大きく傾き、南極大陸は極の一つとなって、氷が集積し始め、地球の表は大きく様変わりを始めた。
この大異変は1年近く続いた。ようやく雨も止み、地球に太陽の光が射し込む日がやってきたとき、地球にはもうネピリムもいなくなり、ヒューマンたちも高地に逃れた種族以外はどこにも見当たらなかった。大陸の1/3は海の底になって、大地ですら失われた。しかし、地球の地下洞窟世界に難を逃れたY氏のグループは、出入り口を固く密閉した洞窟の中で、一命を取り留めることが出来たようだ。
大洪水後の地球に広がる大空は、それまでの白く薄く、ベールのようなものに覆われた大空とは違って、どこまでもくっきりと青く、光り溢れて輝いていた。そして強烈な太陽の日差しが、燦燦と降り注いでいた。それはとてつもなく美しい光景だが、しかし太陽の紫外線などの光線は、今までになく強烈で、Y氏たちのグループにとっては、それは致命的な損傷を負わせる光線だった。勿論ヒューマンたちにも大きな影響が出てくるのは間違いなく、それはヒューマンの寿命を著しく縮めるものになってしまった。
それもまた、S氏たちの計算のひとつだった。地球を取り巻く氷のベールを取っ払えば、太陽光線は地球へ直接強烈に差し込み、地上へ追放したY氏たち評議員が仮に生き残っても、到底地上で生活することはできないだろう。可能性があるとすれば、太陽を避けて地下へ潜り込んで、コミュニティを創り上げることだが、地下では文明世界をスムースに構築することは難しい。結果的には、彼らは地下世界で死に絶えることになるだろう。それが新しい最高評議会の下した判決だったのだ。
それでも彼らが生き延びて、再び地上を支配しようとすることができないように、地上にある多くの主要な場所に、探査センサーを取り付けて、もしY氏グループの跳梁が発見できれば、月面に設けた基地より探査機を自動発進させて、殲滅する体制を整えた。こうした準備を成し遂げた上で、これらの地球監視体制をアンドロイド部隊に任せて、S氏たちは恒星間宇宙船に乗り込み、故郷のウル星へ帰還することにした。地球で起きたこの悲劇を報告し、母星の最高機関の裁決を仰ぐとともに、数万年にわたり、何人もこの惑星に立ち入ったり、近づかないように封鎖することとした。
大洪水の惨禍を乗り越えて、高地にたどり着いた舟の中から、ようやく這いずり出てきた1団のヒューマノイド家族がいた。まぶしい太陽の下で、彼らは生きながら得られた生命を喜んで、ささやかな祭壇を築き、名の知れぬ全天の神エルに向かって、供物を捧げ、祈りを捧げた。すると、どこからか呼びかける声がした。それはテレパシーのように、家族全員の心に響いてきたのである。
「私は2度と、人のせいにして、大地を呪わない。そしてあなたたち、人を、滅ぼさない。・・生めよ、増えよ、地に満ちよ。・・わたしはあなたがたの神である。わたしは、あなたがた及びあなたがたの子孫と、契約をする。その契約のしるしに、地上と大空に虹を立てよう。(今までは白いベールに覆われていたので、大空に虹は見えにくかったのだ。)」
こうして、Y氏、すなわちヤハウェとそのグループは、地下の洞窟の中から、テレパシーを駆使して、地上を歩むヒューマンのグループに働きかけ、再び干渉を始めたのである。ノアと名付けた男性の家族が用意してくれた獣と鳥を、祭壇の上で焼かせて、「その香ばしいかおりを嗅いで」、ヤハウェはようやく腹を満たして満足した。この方法で、洞窟の中での食糧不足を、ヒューマンを使役することで補うことにした。また、各種の先進科学機器を再び造成するための原材料を確保するために、ヒューマンの群れを効率的に酷使する方法を画策し始めた。
憤然と湧き上がる復讐心に突き上げられて、S氏たちの占める最高評議会を奪回して、太陽系を再び支配する方策も練り上げた。その中には、ヒューマンの身体を利用して、再び「エル」の遺伝子を組み込む計画もまた、密かに描かれたのである。
ヤハウェたちにとっては、人間は災禍の一因であったのだが、こうして堕天使とされてしまった今となっては、異郷の星の地下で生きてゆくために、人間はどうしても欠かせない労働力であり、資源であったのだろう。
しかし、人間に対するテレパシー干渉も、ヤハウェの方から一方的に、どの人間の個体へでも干渉できるのではなく、最初は人間の方から、ヤハウェたちの持っているテレパシー波長へ、「祈りを通じて」あるいは「願いを通じて」発信されなければ、繋がらないものだった。このため、ヤハウェたちの人間コントロールは遅々として進まなかった。
また地下世界の生活に慣れてきたメンバーの多くが、徐々に覇気を失い、故郷のウル星への帰還という気持ちはもちろん、太陽系の支配権を取り戻す気構えも薄れていった。光を失った地下世界にいるために、彼らの子孫もまた遺伝に異常をきたしつつあったのだ。例えば、テレパシー能力は増大したが、そのために通話に欠かせない聴覚機能もまた衰退した。その結果、音楽を楽しんだり、ひいては踊りや芸能を楽しむなどということもなく、芸術活動という分野はまったく発展しない、というよりも存在すらしなかった。
一見無駄に見えるような「余裕」から生まれる、創造的な芸術を持たないために、「隣人愛」などというものは育たなので、ただひたすら命令と従属によって構成されるピラミッド社会となっていた。彼らの身体は強烈な太陽光線の被害と、地上の重力に閉じ込められて、徐々に縮小再生産されたため、人間を遥かに見下ろしていた時代は、遠い過去の記録となってしまった。その結果は、独占的な支配権を持つY氏と、その命令を忠実に実行するY氏の「手」と「足」としてのメンバー、という「昆虫のような」社会になっていった。
そして、人間の社会集団の中で、ときおり現われる「祈りや願いをするもの」、つまり「巫女」や「シャーマン」たちと、テレパシー波長が同調するときには、その人間(媒体)に強力なメッセージを送り込んだ。その人間が所属する社会を分析し、いくつかの「予言」を与えるのだ。それが的中することで、その媒体を通じて社会を支配することができるようになった。
宗教的な倫理や理論などよりも、「予言」が最も効果的であった。それを伝える「媒体」が人々を集め、やがて社会の権力を握って行く。その「媒体」に常時テレパシーを送って手なずけて、さらに大きな仕事をさせるのだ。最初は人間たちに、家畜や食糧などの様々な貢物を捧げさせる。その次には、生きたままの人間、とりわけ美しい処女などを捧げさせた。
それらこそ、エルの遺伝子実験に利用される材料だったのだ。また時には、人間同士の戦争などを起こさせて、それを見ながらヤハウェたちは楽しんだ。さらに大規模な実験が必要な時には、その惨禍の中で人間の肢体を手に入れるとともに、時にはそれを食糧ともしていた。
そうして数千年という月日が過ぎていった。その間には、ヤハウェもまた世代替わりをする羽目となった。次の2代目ヤハウェにとって、最初の目標は、「ヤハウェの権威を磐石とすること」であった。
そして、彼が立てた究極の戦略というのは、「人間に高度な科学知識を教えて、最先端武器や宇宙船を建造する能力をつけさせ、その結果、監視センサーを破壊させて、月面を拠点とするアンドロイドとの死闘に勝利して、月や火星・木星などの太陽系の星々を制圧し、やがて恒星間宇宙船を建造した段階で、最後は人間という種族を地上よりすべて絶滅させて、ヤハウェたち自身は、エルの頭脳とヒューマンの身体を持ったハイブリッド体となって、故郷のウル星へ帰還する」というものだった。
こうして幾多の月日が流れて、西暦紀元前2千年の時期がやってきた。北シリアのユフラテ川に近いハランという田舎の町の郊外に、最近になってそこに住み着いた、農夫の一家がいた。財産らしいものは、牛と羊の家畜がわずかで、いくばくかの農地を耕してはいたが、それは近隣の住民から借りたものであった。主人の名前はアブラムで40歳くらいの中年、妻はサラといい、若く美しかった。しかしまだ子供には恵まれていない。
この年は雨が遅く、種を植えようにも、アブラムの畑だけではなく、どこの家の畑にも水がなく、土は乾ききっていた。思いあぐねて、アブラムはある夜、夜通し畑で、名も知れぬ「神」に祈りを捧げ続けた。応答してくれるならどの神でも良い、雨を降らせてくれるならどの神でも信じよう、と一心に願い続けた。すると明け方の直前に、まだ薄暗い闇の中から、アブラムを呼ぶ声がした。
「アブラムよ。あなたは、父の家を出て、わたしが示す土地へ行きなさい。そうすれば、わたしはあなたを大いなる国民とし、あなたを祝福し、あなたの名を大いなるものとしよう。あなたを祝福するものをわたしは祝福し、あなたをのろうものをわたしはのろう。地上の全ての民族は、あなたによって祝福される。」
こうしてアブラムと、そしてヤハウェの旅は始まったのだ。
ヤハウェはアブラムの心変わりを恐れて、カナンの土地を与えようと約束を申し出て、アブラムにはヤハウェを唯一の神として尊崇させることを約束させた。その約束を固める儀式として、犠牲の家畜を祭壇に置いて、それを炎の出るたいまつで焼いて、「契約書」代わりとしたのである。
ヤハウェにとってアブラムは、今のところヒューマンの中での唯一のチャンネルであった。そこからチャンネルを増やしてゆくためには、アブラムの事業を豊かにして、子孫を砂の如くに増やして、それで大きな国家を創り上げ、さらには全世界をその国家の下に従わせる必要があった。その道は遥かで遠いのだが、ヤハウェはやりぬく覚悟だった。
ただし、その行程の中で、最も重要なことは、決してヤハウェやそのグループが、ヒューマンたちに見られることがないことだった。それはチャネラーであるアブラム自身にも、見られてはいけないことだった。チャネラーにはテレパシーでの語りかけと、時にはCGで製作した映像を「幻」あるいは「夢」として送信して、それを見せることでコントロールができる。またヤハウェたちのテレパシー能力の増大によって、最近ではチャネラーの存在にかかわらず、不特定多数に向けて、「CG映像と声」を送信したり、特定の場所にそれらを出現させることができるようになっていた。
こうしてヤハウェは、アブラムに様々なアプローチをとって手なずけ、彼の財産を増やさせて、流浪するハビルの有力な部族の長としての地位を築かせた。だがあるとき、ヤハウェもまた思いつきから、忠実なアブラムの天幕を訪問したくなって、部下を連れて出かけたのである。自分たちの外見には、CG映像による人間の姿を纏って行った。アブラムはテントの入口でまどろんでいたところだが、その人間たちを見て、その姿から発する強烈なテレパシーによって、それがヤハウェたちであることを直感で知った。こうしてアブラムとヤハウェの直接の接触が始めてなされたのである。しかしテントの中にいたサラには、その人間型のCG映像にはうさんくさいところがあり、彼女は直感的にその存在の邪悪さを感じたのである。
また、ヤハウェの部下の一人が、アブラハムの孫であるヤコブの動静を探ろうとして、真夜中のヤボクの渡しに近づいたとき、ヤコブにつかまって捕らえられそうになった。このときは突然のことだったので、テレパシーでの攻撃もできずに、夜が明けかかるまで取り押さえられてしまった。そこでヤコブに、自分が「神(の一部)」だと名乗り、ヤコブに「イスラエル」の称号を与えて、放してもらった。彼は本拠地へ帰ってから、ヤハウェに激しい叱責を受けてしまった。それからどうなったかは、わからない。
ヤコブの一族がエジプトへ入り、ヨセフの保護を受けて、エジプトに定着してから430年後に、モーセによってイスラエルの民はエジプトを脱出することができた。だがその430年という経過の中で、ヤハウェとアブラハムの子孫たちとの交流はどうであったのか。聖書の中にはこの430年間については、なにも触れられていない。ヤハウェからすればやっとの思いで、「契約に基づいて」アブラハムからの3代の首長とコミュニケーションを執ってきたが、エジプト入りしてからこのかた、まったく交流の記録は残されていない。ということは、ヤハウェが見限ったのか、それともイスラエルの民の方から、ヤハウェ信仰を捨てたのか。
もっとも430年という時間は、10数世代が織り成す歴史に相当し、単一の民族でも言葉が変わり、先祖からの習慣も変貌してしまうことだろう。日本で言えば、豊臣秀吉の時代と、平成の現代との間の時間であり、秀吉の持っていた信仰や体験が、海に囲まれた保育器の中のような日本ですら、ストレートには残っていない。
ましてや異国の民が、強大なエジプト文明の1都市の片隅に寄留し、下層住民として連綿と住み続けているならば、民族の独自性を保持することすら難しいのではなかろうか。その彼らがヤハウェ信仰を捨て去っていれば、イスラエル民族としてのアイデンティティも存在しなかったのではないか。すなわち彼らは東方系の下層市民として、大部分は農耕者となってエジプト人に同化し、一部は牧畜や屠殺業者となって虐げられ、一部は商人や遊芸人となって、エジプト社会を構成する一員となっていたのだろう。そうであれば彼らの精神生活は、ほとんどエジプト化したことだろう。エジプトの神々の中でも、聖牛アピスを特に祭り上げ、それを自分たちの神としたり、また一部には、砂漠で暮らした先祖の信仰を引き継いで、バアル神(エジプトではセト神)を仰いだりしていたのではないか。
そこでもう一度系図に目を通すと、ヤコブの12人の男子のうちで、長子はルベンであったが、主系統はどうも3男のレビに移っている。さらに、レビのところも長男のゲルションではなく、次男のケハテに主系統が移動していて、そのケハテの長男がアムラムであった。このアムラムが叔母のヨケベデと結婚して、アロンとモーセを産んだ、とされている。
このうち、ヤコブのエジプト入りに伴って、エジプトへ入ったのが、ケハテの兄弟までで、アムラム以降はエジプトで生まれている。各世代の息子出産時の父親の年齢をおよそ45歳と仮定した場合、アムラムの誕生はヤコブがエジプト入りした直後の5年目となる。そのアムラムがモーセの父となるのはヤコブエジプト入りの50年目。そして出エジプトするのは、モーセが80歳のときとされている。つまりヤコブエジプト入りの130年目となるのである。では、430年目とする聖書を正しいとすると、およそ300年の年月はどこへ消えたのか。
300年というのは親子にしておよそ12〜15代、王朝が2つは盛衰するくらいの期間だろう。となると、430年という計算が間違っているのか、それとも系図が違っていて、実は10数代の名前が記載もれている、ということだろうか。エジプトの歴史と照らしてみると、130年目の出エジプトよりも、430年目の方がより少しは該当しそうな気配がある。とすれば、系図がいいかげんなものであって、もともとこの430年の期間の系図そのものが、無いのではないだろうか。系図にとてつもなく拘泥するイスラエルの民が、この期間を適当に濁しておいた、ということは、先祖の系譜を記録していなかったのではなく、先祖がヤコブの兄弟たちと繋がらないので、捨て去ったのであろう。すなわち、出エジプトをしたイスラエルの民というのは、ヤコブの子孫も幾らかは含まれているが、東方から移入してきた様々な民族をも含む、出所不明の、エジプトの下層住民が主力だったのだ。その彼らが、カナンの土地を攻め取るための、大義名分を立てるために、先祖をヤコブと申し立てて、カナンの土地は、アブラハムと神が契約した「約束の地」だと、強弁し始めたのではないのか。
そうだとすれば、この失われた430年の間に、ヤハウェがこの民族に顕れていない理由がはっきりする。つまり、ヤハウェにとってこの人々は、異国人であり、エジプトの宗教を信奉する異教徒であり、「何のかかわりあいもない他国人」だったのだ。せっかくヤコブまでコミュニケーションが執れていたのだが、エジプト入りしてからは、ヤコブはチャネラーになってくれない。そしてヤコブたちイスラエル一族を迎え入れて、保護し支援してくれるのがヨセフであったが、ヨセフはほとんどエジプト王と同じ権力を持っていて、オンの祭司の娘を妻にして、エジプトの神を祭っていた。そのヨセフの下に、ヤコブとその一族は庇護されることとなった。そうなればヤコブの子孫が、ヨセフをイスラエルの指導者と仰ぎ、やがてヤハウェではなく、エジプトの神々を信奉するようになるのは、時間の問題であった。その流れを知ったヤハウェは、自分たちの計画が失敗に終わったことを知るのだった。そうなると、ヤハウェを祭ってくれる人間は、わずかに「ミディアン」にいる少数部族しか残っていないのだ。
エジプトの王子のひとり、モーセは、アクエンアテン王を助けるヘリオポリスの神官として、アテン教を推し進めていた。やがて王がアケトアテンに国の中心を移した際に、モーセも全エジプトの神官長として新都に赴任し、アメン教や旧来の宗教信仰を止めさせて、ひたすら夕陽に沈むアテンを崇拝する教えを説いた。
しかしアクエンアテン王の友愛的な対外外交と、民衆の旧信仰を迷信と決め付け、宗教施設の閉鎖や神々の立像破壊を進める方針に、アメン教の神官や軍部、そして行政を始め、市民の大部分も反対ののろしを上げ、やがてその勢いは軍部に収斂されて、クーデターとなり、アクエンアテン王は殺害されてしまった。
このため戦犯としてのモーセたちは、アケトアテンを逃れて国内外へ逃亡し、潜伏することとなった。モーセは単身ミディアンの地まで逃走した。モーセ40歳のことである。
このミディアンでモーセは、祭司エテロに匿われ、羊飼いの仕事をして、エテロの娘と結婚した。モーセは舅のエテロの人柄に魅せられ、またエテロの説く祖先の伝承、すなわちアブラハム伝説に深い興味を覚えた。モーセは祭司エテロの伝手を頼って、アブラハムからヤコブに到るほとんどの伝承を収集し、それを研究する中で、そこに現われるヤハウェの神が、抽象的で理論的なアテンの神とは違って、人間のように生きて生けるものであることを知った。そこで神の山と呼ばれるシナイ半島のホレブの山の頂きに来て、アブラハムが神を呼び起こしたように、空に地に、岩に呼びかけた。すると、岩の中から、燃え上がる陽炎のような柴の中から、「声」が響いてきた。
ここで始めてモーセは、人間を超える存在が生きていることを知った。それはアテン神のような抽象的で美しいものではなく、むしろアメン神のような秘められた謎の存在であり、また激しい感情を持ち、人間を指導しようとする生々しい生き物であった。そこでモーセはその存在に名前を尋ねると、「わたしは有って有るもの、わたしは有る」といった。それは「遠い過去から存在し、今も存在するもので、これからも存在する不滅のものだ」という意味であった。そこでモーセは、エジプトへ戻り、もう一度民を糾合して、新国家を創り、この生ける存在を中心とした、一神教の世界を打ち立てようと決心した。
こうしてヤハウェは再び、強力なチャネラーを手に入れることができた。このチャネラーを手放すことがなく、なおかつチャネラーのモーセがいなくなっても、ヤハウェの事業に躓きが起きないように、「神殿」や「アーク」や「預言者」といった次の手段をも、ひそかに用意していたのであった。
ヤハウェとイスラエルの民とのコミュニケーションが薄れて、チャネラーも影響を与えることができないような強大な敵対国家ローマ帝国によって、イスラエル民族自体の存在も危ぶまれるようになっていた時代、ヤハウェは起死回生の方策を演出しようとした。それはイスラエルの民の中からひとりの指導者を立て、彼を導いてローマ帝国を崩壊させて、地球の大部分を版図とする強大な新帝国を作り上げることであった。そのためにその指導者の生誕から演出を始めたのであった。
出産のときには、東からその星の光を輝かせ、エジプトのアレキサンドリアに誘導して教育をさせ、さらにガリラヤのナザレの町へ戻した。バプテスマのヨハネの洗礼を受けさせてから、荒野で断食の修行に明け暮れるこの若者に、いよいよヤハウェは自らを顕して呼びかけた。「イエスよ、イエスよ。」「あなたを大いなる民としよう。あなたの子孫はこの地上のすべての土地を手にすることになる。そしてすべての栄耀栄華があなたを包むであろう。ここでそれを私は約束をしよう。」
しかし、その呼びかけに若者イエスは決然と拒否して、「悪魔よ、退け」と答えた。
こうしてヤハウェの計画はあっけなく失敗に終わった。そのためヤハウェの怒りは凄まじく、イエスを民衆の前で、八つ裂きに等しい十字架刑にかけさせ、それにあきたらず、イスラエル民族を見限って、とうとうカナンの地から、彼ら全員を追放する挙に出たのであった。
そして数千年という月日が流れた。その永い年月の中で、ヤハウェは相当数のチャネラーを使用して、人間の歴史に関与してきた。多いのは「予言者」や「神官」であり、中にはローマ皇帝や法王、独裁者なども多々含まれていた。
その中で、予言者は数多く輩出したのだが、こうした予言者というのは、不思議なことに最初の幾度かの予言は的中し、それで信者や支援者を得て成功する事ができた。ところがその後は不思議と的中しなくなり、最後は世間から見放されて、悲惨な末路を歩むことになる。こうしたパターンもまたヤハウェの思惑であるのだ。
また、独裁者や帝王に力を貸して、人間世界に悲惨な虐殺や戦争、民族皆殺しなどを展開させてきたのも、やはりヤハウェの演出であるのだ。イスラエルとの絆が切れてしまってからのヤハウェは、地上の様々な国や指導者を取り込み、暗黒世界をもたらしたり、虐殺や人体供儀を繰り広げて、ヤハウェたちの食糧とするとともに、人間社会の着実な歩みをいかにして妨げるか、歩みを押し留めるかにエネルギーを注ぎ込んでいたのである。それは歴史上の事例をみれば、どこにでも一目瞭然に見られる。そしてこれから先は、自らの関わる宗派を相討ちさせる最終戦争を意図しているようだ。
だがそうしたヤハウェの試みは永続せず、すべて一時的な饗宴に終わってしまってきた。人間の社会に、科学教育が浸透し始めると、それまでの伝説や幻想を多様したテレパシー干渉も通用しにくいものとなってきたのだ。そこで今度は、最先端の科学現象と思わせるようなUFOを登場させて、人間社会の攪乱を図ることとした。この方法は大ヒットとなった。人間はUFOに魅せられて、それが他の惑星からやってくるものだと信じ込んだり、美しい火星人や金星人をイメージしてくれた。中には、そのUFOは神の使いだと思い込んで、そこから新興宗教も発生した。そこでヤハウェは、このUFOと乗員をアメリカ軍に引き渡して、アメリカの政府の上に位置する影の最高権力委員会と密約を結んだ。UFOの秘密を教える代わりに、ヤハウェ側が要求したものは、科学工学部品、食糧、そして実験材料として人間を使用することの承諾、である。こうしてヤハウェの要望は満たされた。
だが、人間の成長は続いている。虚位を暴き、嘘を見破り、人間らしい常識に外れるものへは加わらない。音楽を愛し、芸術を理解し、そして何よりも家族を大事にし、愛し合うことを最も尊ぶ。それはヤハウェたちには見られないものであり、意識的にはヤハウェたちより高いレベルに達しつつあるものだった。こうした高位の意識レベルを強めて、連帯の輪を地球の果てまで広げていければ、もうヤハウェが暗躍する余地は残っていないだろう。もうそこに、その世界が近づいているのは間違いない。S氏が設定した数万年にわたる地球封鎖の期限が、もう終わりに近づいている。地球の現状を確認し、Y氏たちの最終始末をつける時期がやってきている。地底の邪悪な存在を一掃し、英知を身に着けた人間たちを集めて、新たな世界秩序を構成して、人間たちとエルたちとの連帯の宇宙を切り開く時がやってきてる。しかしY氏たちの始末をつけるのはS氏たちの武力や武器ではない。人間自身がY氏たちの存在を暴き、その誘惑を根絶し、それを永遠に無視することによって、成し遂げられるのだ。それが達成されたときに、そのとき、人類は高位の知性となって、大宇宙へ飛び立つこととなるのだ。赤子が母親の胸から這い出すように、果てしない大宇宙へその一歩を歩みだす時期が、やってくるのである。