4章. カインに付けられた謎の「しるし」とは?



  創世記の4章に入ると、アダムとイブの息子たちの世代となり、そこに人類始めての殺人事件が発生する。
 カインは地の産物を持ってきて、主に供えものとした。弟のアベルもまた、その群れの初子と肥えたものとを持ってきた。主は アベルの供え物を顧みて、カインの供え物を顧みなかった。

 そこから「人類史上初の弟殺し」という悲劇が起きるのだが、では、なぜ神はカインの供え物つまり農作物を顧みなかったのか、そこのところの説明はない。これではヤハウェ自体が争いの原因を創っているようだ。遊牧民であるアベルの獣の生贄のほうがなぜ良かったのか。この「主なる神」(ヤハウェたち)は草食ではなく、肉食を好むのだろうか。最初に神は人間に「わたしは全地のおもてにある種を持つすべての草と、種のある実を結ぶすべての木の実をあなた方に与える。これはあなたがたの食物になるであろう。」と宣言した。こうして人間は、草食を基本とするように教えられたのである。家畜は勿論最初から創造されていたが、それを殺してその肉を食料とせよ、とはどこにも出てこない。思うに、家畜の利用はせいぜいが、その乳をとることにあったのではなかろうか。

ところがここでいきなりアベルが、肥えた初子を犠牲として屠り、それを焼いて献上したのだ、という。それを見て、このヤーウェは喜んだ。それは肉を焼いて、その香ばしい匂いに魅せられたのではないか。後ほどノアの洪水のあとの捧げもので、やはりヤーウェは「主はその香ばしい香をかいで心に思った」という文言が出てくるが、ヤーウェは草食には興味がなく、肉の香りに喜びを見出すものなのだ。その証左は、これからあとの聖書全編にいやというほど出てくる。だから、この殺人事件はヤーウェの偏った嗜好が、善良な人間を惑わせて、結果、殺人まで犯させた事件とみることができる。

 「さあ、野原へ行こう。」彼らが野にいたとき、カインは弟アベルに立ちかかって、これを殺した。ヤハウェは言われた。「弟アベルはどこにいますか。」カインは答えた。「知りません。私は弟の番人でしょうか。
 ヤハウェは言われた「あなたは何をしたのです。あなたの弟の血が土の中からわたしに叫んでいます。あなたは呪われてこの土地を離れなければなりません。土地はもはやあなたのために実を結びません。あなたは地上の放浪者になるでしょう。

こうしてヤハウェはカインを「地上の放浪者」として、「地のおもて」から追放した。また、カインを見付け殺そうとするものがないように、「一つのしるし」をつけた。

  だが、カインは「地上の放浪者」とされたのに、聖書によるとエデンの東ノドまたはエノクに、定着した。では、このノドというのは、「地のうら」なのだろうか。いったい大地の「おもて」とはなにか。それは、中心に面したところなのか、海に面したところなのか、陽当たりの良いほうなのか、それとも「主」の住んでいる地域なのか、それとも地球の表面なのか。では、「うら」というのはなにか。(地球空洞説があれば地球の内部になるのだろうか)、それともこれは、文学的な表現を求めた修辞用語に過ぎないのだろうか。また、カインにつけられた「しるし」というのはどんなものか。それはカインの子孫にも受け継がれる「しるし」なのだろうか。「カインを殺すものは7倍の復讐を受ける」とヤハウェは言った。

聖書には、こうした内容をすっきり書き記さないあいまいな言葉、あるいは詩的な表現が、実に多い。象徴的な表現ということなのか、知恵のあるものは悟れ、ということなのだろうが、書き記した本人が実は理解できないまま伝わったので、そのままあいまいにしておく、ということもあるのかも知れない。

 カインの子孫たちの系図は、このあとAカインBエノクCイラデDメホヤエルEメトサエルFレメクGヤ
バル(天幕に住んで家畜を飼う先祖)Gユバル(琴や笛を執るものの先祖)Gトバルカイン(青銅・鉄の職人の先祖)と、連綿と続いてゆく。
 
 ヤハウェはカインを罰するために、地上の放浪者として地のおもてから追放したのだが、多少自分の責任を感じて咎める気持ちがあるのか、カインが他者に殺されないように「しるし」をつけてやるとともに、「カインを殺すものは7倍の復讐を受ける」と宣言した。もしカインが誰かに殺されたとすると、殺した者だけではなくその近親者を含めて7人を殺すぞ、ということである。地上から追放はしたが、カインには借りがあるような宣言だ。

 そういう中で、カインにつけられた「しるし」とは、なんだろうか。カインの5代あとの子孫のレメクが、「わたしは受ける傷のために、人を殺し、受ける打ち傷のために、わたしは若者を殺す。カインのための復讐が7倍ならば、レメクのための復讐は77」という、謎のような言葉を言っている。傷つけられたら何倍にしてもやり返す、と言っているのだろうが、どうもこの「しるし」は子々孫々に伝わるもので、それは「受ける打ち傷」という言葉にあるように、なんらかのだと暗示しているのではなかろうか。


 関係図書を調べると、いろいろな説がある中で、やはり「刺青」説が強い。古代の世界では、奴隷に対して「焼印」を押したことから、「額への焼印」ではないか、という意見もある。ただ「焼印」では、子孫がそれを自らの額に押すだろうか。さらに、殺人者とはいえ、カインを殺したらその復讐は7倍、とヤーウェが言うところを見ると、他者が容易に手を出せないような、殺すことを躊躇するような「しるし」で、それは遠くからでも一目みればカインだと、判別できるようなものではなかろうか。


 いくつか思いつくままに候補を挙げてみたい。(条件は、遠くから見ても直ぐに判別できること)

 @ 肌の色が白人でも黒人でも黄色でもなく、緑色や青色または赤色に染めている。(可能性あり)
 A 目の色が黒色でも青色でなく、燃える赤色である。(これは不可能ではないか)
 B 耳の形が、兎やサタンのように尖っている。(遺伝上、ちょっと無理)
 C 顔面から、あるいは頭上にオーラが輝いて、光を発している。(どうかな)
 D 髪の色が、黒色ではなく、金色かまたは赤毛である。(染めれば充分可能性あり)

 ほかには有力なものとして、顔面へ刺青を施した、というのがある。これは未開の部族などには今も例があるので、可能性が充分ある。「傷をつける」という表現にもあてはまる。

 ただ@〜Dの案だと、どれが正しいのか明快に説明ができないので、回答とはいえないだろう。肌の色や髪の色は、自分たちで染め上げることもできるので、それはあるのかもしれない。カインの子孫は今に伝わっていないので、確かめられない。ノアの洪水でカインの末裔に限らず、全地の民は消えてしまったからである。
 カイン自身は、アダムが死んだ同じ年に、石の下敷きになって死んだということである。アダムは930歳まで生きたので、アダム生誕を紀元0年とすると、カインは930年に死に、ノアは1056年に生まれている。また洪水は1656年に発生している。


 もう一つの疑問点だが、ヤハウェはカインを地上の放浪者として「地のおもて」から追放した、という文言である。ここでいう「地のおもてからの追放」とは、どういうことを指すのだろうか。また、「カインは主の前を去って、エデンの東、ノドの地に住んだ。」と言葉は続く。とすれば、エデンの東の方は、地の「うら」になるのだろう。
 
 もともとエデンの園の位置は、「東のかた」にあり、そこにエデンという地名があって、そこから川が流れ出していて、その川は園を潤してから、4つの大河に分流した。それは「金のあるハビラの全地をめぐるピソン川 」「クシ(エチオピア)の全地をめぐるギホン川(ナイル川のことか)」「アッシリヤの東を流れるヒデケル川(チグリス川と見られている)」「そしてユフラテ川(間違いなくユーフラテス川)」の4つだという。しかしナイルが入るとなると、この4つの源流はひとつにはならない。一致する場所は天上になってしまう。「天の川」でもイメージするしかない。クシがエチオピアではなく、ギホンがまだ知られていない中近東のどれかの大河を意味するならば、ユフラテとチグリスの源流に近いアララト山脈にエデンが想定される。そのあたりを仮にエデンの園とすると、その東側のカスピ海沿岸からイランにかけて、あるいはその東側のインド方向が「地のうら」になるのだろうか。
 
 ただ、天空に浮かぶ月を見ると、地球に向けた顔がおもてであり、見えない反対側は裏側となっている。ほとんどの人がそうした言い方をするだろう。地球もまた太陽が中近東の真上にあたれば、反対側の日本やアメリカは裏側となる。ヤハウェや神々が、もし中近東の上空あたりに駐屯していれば、東の方インドより向こうは地の裏と言ったかも知れない。

 「地のおもて」という言い方は、神がバベルの塔を崩壊させたときに、「こうして主が彼らをそこから全地のおもてに散らされた。」という使い方で登場している。どうも丸い地球の上には、おもてとうらがあるという捉え方をしていたのは間違ない。

 「地球空洞説」というのがある。南極か北極を入口にして、地球内部には巨大な空洞があり、そこには太陽に似た光源が中心に輝いており、赤外線がシャットアップされているので、動植物は巨大で、寿命も長く、太古の文明が残されている、という空想論である。仮にこうしたものがあれば、そこは地球の裏側となるのだろう。カインもこうした世界へ送り出された、というのだろうか。




最初のトップページに戻る
前のページに戻る次のページへ行く